男の名は、渋川春海。
彼は、斬らねばならなかった。
相手の名は、宣名暦。
今日を明後日に変える、800年前の怪物だった...。
ーゆあさコーポレーション秘書室ー
(白髪まじりの老人が、上品な眼鏡をかけて本を読んでいる。ほそかわだ)
パタンっ(本を閉じるほそかわ。どうやら読み終えたらしい)
ふぅ。(胸にその本を抱くほそかわ)
終わってしまったか。もっともっと読んでいたかったなぁ。
さてと。
この感動が消えぬうちに、みなさんにこの本を紹介しておきますかな。
みなさん、この器具を知っていますか?
これは渾天儀というものです。
『天地明察』に登場する建部昌明という老人の言葉を借りれば、「天の星々を余さず球儀にて詳らかにし、太陽の黄道、太陰(月)の白道、二十八宿の星図、その全ての運行を渾大にし、1個の球体となし」たもの。
それが渾天儀です。
つまり、空を一つの球体にみたてて、その球の上を星々がどう動くのか、それを形にしたものが、上の渾天儀です。
この渾天儀というもの。
そう易々と作れるものではございません。
これを作るためには、何百もの星の位置を明らかにし、その運行をまちがいなく把握する必要がありますし、そのためには正確な緯度と経度の計測が不可欠です。
まさに、気が遠くなるような、慎重で根気のいる作業の結晶。
それこそが渾天儀なのです。
この渾天儀を、今から400年も前の江戸時代に、日本で初めて作った人物。
その人物こそ、『天地明察』の主人公である渋川春海、その人なのです。
からん、ころん。
この音から始まる物語が、この男に地獄と天国をみせることになる。
この物語の舞台は江戸時代。
時の将軍は、徳川家綱。江戸幕府の4代目でありました。
当時、暦には色々な種類があり、様々な機関から独自の頒暦(カレンダー)が製作、販売されておりました。
当時の人々にとって、暦は必需品であると同時に、特別な「何か」でありました。
まず、彼らにとって暦とは、娯楽だったのです。
文字が読めない人も、絵暦を通して楽しむことが出来る。それどころか、今年の大小月(大の月とは30日間ある月、小の月とは29日間の月)の並びが絵の中に隠されており、謎解きのようにして読まなければならない頒暦もありました。
さらにそれは、教養でもあり、信仰の結晶でもありました。
暦は、吉凶の列挙であり、様々な日取りの選択基準となりました。それは、万人の生活を映す鏡であり、尺度であり、天体の運行という巨大な事象がもたらしてくれる、”昨日が今日へ、今日が明日へ、ずっと続いてゆく” という、人間にとってなくてはならない確信の賜物だったのです。
全てを裏切ってきた戦国の世から、江戸時代という泰平の世への変遷。
その変遷の証として暦は認識されていました。
”明日も生きている”
”明日もこの世はある”
江戸時代の民衆にとって、暦は大いなる約束だったのです。
人々の生活に深く根ざし、行動を決定づける暦。
彼らの心の拠り所となる暦。
当時の人々にとって、暦とはそれほど大きな存在だった。
だからこそ、頒暦は発行する者にとっての権威の象徴だったのです。
先ほど、江戸時代には様々な暦があり、それぞれに少しずつずれがあったと言いました。
では、それらの暦は、それぞれどのようにして作られていたのでしょうか?
作る人それぞれが、勝手に日にちを決めていたのでしょうか?
違います。
実は、当時の全ての暦は、ある一つの暦を基にして作られていました。
それが、渋川春海が生涯を懸けて戦うことになる怪物。
宣明暦(せんみょうれき)です。
(中国人のお姉さん方、綺麗ですね)
宣明暦は、江戸時代から遡ること800年前に、中国からやってきました。
時の天皇、清和天皇に、暦博士たる大春日朝臣野麻呂(おおかすがのあそんのまろ、長い!?)が採用を上奏しました。
以後、日本の暦のほとんどが、この暦を基本に作られていました。
まさに日本を動かす軸。
権威を通り越して、日本を支配する力を持っていた暦でした。
この暦がずれていた。
中国からやってきて800年。
江戸時代には、とうに宣明暦の寿命は尽きていたのです。
800年の歳月をかけて、少しずつ時が遅れていきました。
その時間、およそ48時間。
丸二日以上ものずれが、当時生まれていたのです。
江戸中の人々が、初日の出だと拝んでいた朝日は、1月3日のもので。
冬至は最早冬至ではなく。
「私の誕生日は7月7日なの!!」ごめんなさい9日です。
そう、つまり。
全ての人々は、「2日前」を生きていたのです。
まさにSFの世界ですね。
これは恐怖じゃありませんか?
わたくしは「すごく怖いな」と思いました。
しかもこれが、日本の中枢である幕府公認の暦だったのですから。
その力は絶大なものでした。
先ほども申し上げましたが。
民衆にとって、暦は泰平の世の約束でありました。
人々は暦を頼りに、その日の行動を決定していました。
今日が何月何日か。
そのことが、国中を動かす原理だったのです。
それを決めることは世界を支配することに等しく。
今日が一体いつなのか、その決定権を持つということは、宗教、政治、文化、経済。
その全てにおいて君臨するということでありました。
暦を変える。
この巨大な事業。
それを担った、渋川春海という男の人生を。
冲方 丁(うぶかた とう)は『天地明察』という一冊の本にしたのです。
(文庫版です)
冲方 丁さん、すごいなぁと思うこと。
それは、渋川春海という人物を、偉人としては描かなかった所にあると思います。
歴史だけを見ればその功績はすばらしく、賢く冷静な人物とも考えられる渋川春海。
それでも冲方さんはそう描かなかった。
むしろ、まだまだ不安定な青年として渋川春海を捉え、その弱さを作中に表現した。
(むしろ、その弱さを強調していると言っても良い)
だからこそ、わたしはこの作品の世界にどっぷりと浸かれたのだと思う。
彼の成長、挫折。
支えてくれた人への感謝。
彼の人生を自分自身が歩いているような感覚を覚え。
辛く、楽しく、悲しく、嬉しかった。
ドキドキしたし、涙が出たし、体が熱くなった。
こういう小説は貴重だと思います。
なかなか出会えるものではないと思います。
ほかにも色々書きたいことはありますが、あまり多くを語らぬことが、この作品にとって最善だと思いますので、ここらで終わりにさせて頂きます。
『天地明察』
間違いなく名作です。
是非読んでみて下さい。
【追記】
面白すぎて逆に一気には読めなかった。
一つ一つの話のインパクトが凄かったからだ。
書評を書くのもなんだか緊張した。
9月に岡田准一・宮﨑あおい主演で映画化するらしいから、是非見に行きたい。
最後に冲方さんの別の作品も紹介しておきます。
今日も読んでくれてありがとうございます。
読者のみなさんに、「ほんとに支えられているなぁ」と思うこの頃です。
お願い
面白い漫画、オススメの小説、どんなものでもどんなジャンルでも読むので、教えて頂けると嬉しいです。
コメント、twitter、Facebook、どっからでも良いので、反応くれるとすごくすごく嬉しいなぁ。
ちなみにキャラ投票も細々とやってます。
(PCはサイドバー、スマートフォンは一番下かな?よければ投票してください)
彼は、斬らねばならなかった。
相手の名は、宣名暦。
今日を明後日に変える、800年前の怪物だった...。
ーゆあさコーポレーション秘書室ー
(白髪まじりの老人が、上品な眼鏡をかけて本を読んでいる。ほそかわだ)
パタンっ(本を閉じるほそかわ。どうやら読み終えたらしい)
ふぅ。(胸にその本を抱くほそかわ)
終わってしまったか。もっともっと読んでいたかったなぁ。
さてと。
この感動が消えぬうちに、みなさんにこの本を紹介しておきますかな。
みなさん、この器具を知っていますか?
これは渾天儀というものです。
『天地明察』に登場する建部昌明という老人の言葉を借りれば、「天の星々を余さず球儀にて詳らかにし、太陽の黄道、太陰(月)の白道、二十八宿の星図、その全ての運行を渾大にし、1個の球体となし」たもの。
それが渾天儀です。
つまり、空を一つの球体にみたてて、その球の上を星々がどう動くのか、それを形にしたものが、上の渾天儀です。
この渾天儀というもの。
そう易々と作れるものではございません。
これを作るためには、何百もの星の位置を明らかにし、その運行をまちがいなく把握する必要がありますし、そのためには正確な緯度と経度の計測が不可欠です。
まさに、気が遠くなるような、慎重で根気のいる作業の結晶。
それこそが渾天儀なのです。
この渾天儀を、今から400年も前の江戸時代に、日本で初めて作った人物。
その人物こそ、『天地明察』の主人公である渋川春海、その人なのです。
からん、ころん。
この音から始まる物語が、この男に地獄と天国をみせることになる。
『天地明察』の舞台
この物語の舞台は江戸時代。
時の将軍は、徳川家綱。江戸幕府の4代目でありました。
当時、暦には色々な種類があり、様々な機関から独自の頒暦(カレンダー)が製作、販売されておりました。
(これは文字が読めない人のための暦だそうです)
例えば、伊勢神宮が発行していた「伊勢暦」
幕府が公式の暦とした「三島暦」
京都で発行される「京暦」などなど。
その他にも様々な、暦があったようです。
今では考えられないことですが、これら暦の日時は、微妙にずれていました。
江戸ではもう6月1日なのに、京ではまだ5月末日なんてことも。
こうしたズレは、当時の幕府の悩みの種だったと言います。
公式の祭礼から年貢の取り立て、商人たちの月々の支払いやら貸し付け利息やらが、ずいぶんと混乱してしまう。
そのため幕府は、断固として三島暦を公認として、他の暦を用いない場合が多かったようですね。
当時の人々にとっての「暦」
当時の人々にとって、暦は必需品であると同時に、特別な「何か」でありました。
まず、彼らにとって暦とは、娯楽だったのです。
文字が読めない人も、絵暦を通して楽しむことが出来る。それどころか、今年の大小月(大の月とは30日間ある月、小の月とは29日間の月)の並びが絵の中に隠されており、謎解きのようにして読まなければならない頒暦もありました。
さらにそれは、教養でもあり、信仰の結晶でもありました。
暦は、吉凶の列挙であり、様々な日取りの選択基準となりました。それは、万人の生活を映す鏡であり、尺度であり、天体の運行という巨大な事象がもたらしてくれる、”昨日が今日へ、今日が明日へ、ずっと続いてゆく” という、人間にとってなくてはならない確信の賜物だったのです。
全てを裏切ってきた戦国の世から、江戸時代という泰平の世への変遷。
その変遷の証として暦は認識されていました。
”明日も生きている”
”明日もこの世はある”
江戸時代の民衆にとって、暦は大いなる約束だったのです。
人々の生活に深く根ざし、行動を決定づける暦。
彼らの心の拠り所となる暦。
当時の人々にとって、暦とはそれほど大きな存在だった。
だからこそ、頒暦は発行する者にとっての権威の象徴だったのです。
今日を明後日に変える怪物。宣明暦
先ほど、江戸時代には様々な暦があり、それぞれに少しずつずれがあったと言いました。
では、それらの暦は、それぞれどのようにして作られていたのでしょうか?
作る人それぞれが、勝手に日にちを決めていたのでしょうか?
違います。
実は、当時の全ての暦は、ある一つの暦を基にして作られていました。
それが、渋川春海が生涯を懸けて戦うことになる怪物。
宣明暦(せんみょうれき)です。
(中国人のお姉さん方、綺麗ですね)
宣明暦は、江戸時代から遡ること800年前に、中国からやってきました。
時の天皇、清和天皇に、暦博士たる大春日朝臣野麻呂(おおかすがのあそんのまろ、長い!?)が採用を上奏しました。
以後、日本の暦のほとんどが、この暦を基本に作られていました。
まさに日本を動かす軸。
権威を通り越して、日本を支配する力を持っていた暦でした。
この暦がずれていた。
中国からやってきて800年。
江戸時代には、とうに宣明暦の寿命は尽きていたのです。
800年の歳月をかけて、少しずつ時が遅れていきました。
その時間、およそ48時間。
丸二日以上ものずれが、当時生まれていたのです。
江戸中の人々が、初日の出だと拝んでいた朝日は、1月3日のもので。
冬至は最早冬至ではなく。
「私の誕生日は7月7日なの!!」ごめんなさい9日です。
そう、つまり。
全ての人々は、「2日前」を生きていたのです。
まさにSFの世界ですね。
これは恐怖じゃありませんか?
わたくしは「すごく怖いな」と思いました。
しかもこれが、日本の中枢である幕府公認の暦だったのですから。
その力は絶大なものでした。
先ほども申し上げましたが。
民衆にとって、暦は泰平の世の約束でありました。
人々は暦を頼りに、その日の行動を決定していました。
今日が何月何日か。
そのことが、国中を動かす原理だったのです。
それを決めることは世界を支配することに等しく。
今日が一体いつなのか、その決定権を持つということは、宗教、政治、文化、経済。
その全てにおいて君臨するということでありました。
暦を変える。
この巨大な事業。
それを担った、渋川春海という男の人生を。
冲方 丁(うぶかた とう)は『天地明察』という一冊の本にしたのです。
(文庫版です)
まとめ
冲方 丁さん、すごいなぁと思うこと。
それは、渋川春海という人物を、偉人としては描かなかった所にあると思います。
歴史だけを見ればその功績はすばらしく、賢く冷静な人物とも考えられる渋川春海。
それでも冲方さんはそう描かなかった。
むしろ、まだまだ不安定な青年として渋川春海を捉え、その弱さを作中に表現した。
(むしろ、その弱さを強調していると言っても良い)
だからこそ、わたしはこの作品の世界にどっぷりと浸かれたのだと思う。
彼の成長、挫折。
支えてくれた人への感謝。
彼の人生を自分自身が歩いているような感覚を覚え。
辛く、楽しく、悲しく、嬉しかった。
ドキドキしたし、涙が出たし、体が熱くなった。
こういう小説は貴重だと思います。
なかなか出会えるものではないと思います。
ほかにも色々書きたいことはありますが、あまり多くを語らぬことが、この作品にとって最善だと思いますので、ここらで終わりにさせて頂きます。
『天地明察』
間違いなく名作です。
是非読んでみて下さい。
【追記】
面白すぎて逆に一気には読めなかった。
一つ一つの話のインパクトが凄かったからだ。
書評を書くのもなんだか緊張した。
9月に岡田准一・宮﨑あおい主演で映画化するらしいから、是非見に行きたい。
最後に冲方さんの別の作品も紹介しておきます。
今日も読んでくれてありがとうございます。
読者のみなさんに、「ほんとに支えられているなぁ」と思うこの頃です。
お願い
面白い漫画、オススメの小説、どんなものでもどんなジャンルでも読むので、教えて頂けると嬉しいです。
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